D'angelo Foresthills

ディアンジェロ @フォレストヒルズスタジアム

早いもので、今年も残すところ5日。今年見たライブの中でも、最も印象に残ったライブをあげるとしてまず真っ先に思い浮かぶのが、D’Angelo/ディアンジェロ の”The Secound Coming Tour”であろう。

D'angelo Foresthills
D’angelo Foresthills

6月21日、父の日の夕暮れ、地下鉄メトロのフォレストヒルズ71st駅から流れる群衆が一堂に向かって行く先は、フォレストヒルズ・スタジアム。

ジミー・テンドリックス、ローリングストーンズ、フランクシナトラ、ボブ・ディラン、そしてビートルズという錚々たるアーディストが過去にライブを行い、歴史的なライブ会場の一つであるといえるこのスタジアムの周辺は、ある種のお祭りのような、期待に満ちた空気が漂っていた。

最新作のリリースに先駆けてヨーロッパツアーや音楽フェスなどで公の音楽活動を再開していてはいたものの、急遽リリースされた『ブラック・マサイア』の発売は大きな衝撃を与え、リリースからほぼ一年が経とうとしていたライブ当日も、その興奮はなおのこと継続しており、ライブ開演前の観客からは誰もがそこに居合わせられることに期待と喜びを感じている様子が伺えた。

前座を務めたのは、今年ファッション雑誌”In Style/インスタイル”のオーストラリア版の15周年記念号でのモデルのMiranda Kerr/ミランダ・カーにより15人のカバーガールの一人としても抜擢された、オーストラリアを拠点とするシンガーソングライター、Meg Mac/メグマック。

続いてゲイリー・クラーク・ジュニア/Gary Clark Jr.がステージに登場し、会場の彼方此方からヒューヒューと歓喜の声が上がる。

まだ日の長い夏の日の夕方、晴天の中でゲイリー・クラークのギターと心地の良いソウルフルな歌声いに酔いしれた観客の注目がステージに集まり、段々と会場全体が盛り上がってきたその時、突如、バケツをひっくり返したような大雨が降りだした。 

ずぶ濡れになっても全く動じない観客も居たが、あまりの雨にパフォーマンスが中断され、終いには全員が野外のスタジアムを出ての待機を余儀なくされた。それでも待望のディアンジェロのパフォーマンスを心待ちにしているオーディエンスのテンションは雨ごときに下がったりはしない。

隣で待機していた自らもミュージシャンだという男性は、「この日を20年間以上待って居たんだ。今日はこのライブのために10時間以上車を走らせてきた。胸が踊るよ。」と土砂降りの雨の中、目を輝かせていた。スタジアムの入り口に移され、20分以上待っただろうか。やっとのこと雨がやみ、ゲイリー・クラーク・ジュニアのパフォーマンスが終わった。

それから45分ほどした後、ギタリストのジェシー・ジョンソン/ Jesse Johnstonを筆頭にザ・ヴァンガード/The Vangaurdのメンバーが次々とステージに上がる。その日ベーシスト、ピノ・パラディーノ/Pino Palladinoの姿はなかったが、彼スポットには彼のの息子であるロコ/Roccoの姿があった。
ドラマーのクリス・デイヴ/Chris “Daddy” Dave、ギタリストのイザイア・シャーキー/Isaiah Sharkey、ヴォーカル担当のケンドラ・フォスター/Kendra Foster 、レッド・ミドルトン/Charlie “Red” Middleton、ジャーメイン・ホルズ/Jermaine Holmes、トランペッターのキーヨン・ハロルド/Keyon Harrold, サックス奏者のケネス・ウェイラム/Kenneth Whalum Ⅲ、キーボードのクレオ・プーキー・サンプル/Cleo “Pookie” Sampleがそれぞれ持ち場に着いて暫くすると、いよいよディアンジェロがコムデギャルソンのカスタムトレンチを纏いステージに現れた。

ディアンジェロがステージに姿を現すと、観客は一気に総立ちとなり、拍手と声援で湧き上がる。

アルバムと同じく、「Ain’t That Easy/The Vanguard Theme」で幕を開けたライブは、「Betray My Heart」に移ると更に歓声が上がり、ディアンジェロが踊るたびに観客が反応する。続いて『 Voodoo/ヴードゥー』からの楽曲、「Spanish Joint」が始まり、間奏ではキーヨン・ハロルドが見事なトランペットソロを聴かせた。

その後ステージは一度暗くなり、ケンドル・フォスターの舞いとスパニッシュギターとスペイン語のイントロダクションで静かながらも情熱的な雰囲気に一転し、黒い衣装に身を包んで再び現れたディアンジェロが「Really Love」を繊細に歌い上げる。

「調子はどうだい、ニューヨーク。次の曲は「The  Charade」という曲だ。みんな拳をこんな風に上げてくれ。」との呼びかけにオーディエンスがしっかりと答え、力強い拳が宙に浮き、会場が一体となる。 「これはエリック・ガーナー、マイク・ブラウン、チャールストンの教会で奪われた9つの命の為の拳だ。」観客の歓声が一回一回落ち着くのを待ってから、会場に呼びかけ、ファンも一層大きな声でディアンジェロに応える。

ステージから客席の隅々までスタジアム全体に埋め尽くされた拳と共に「The Charade」の演奏が終わった頃には日が暮れ始め、辺りは薄暗くなっていた。

そんな絶妙なタイミングで「Brown Sugar」が始まったのだから、生粋のディアンジェロファンには堪らない。ブラスセクションのファンキーなサウンドとディアンジェロの叫び声が混じり、オリジナルとは一味も二味も違うファンクなサウンドは、次に続く「Sugah Daddy」にも続き一段と濃くなり、あのバネのような、弾むようなディアンジェロの声がファンキーに響き渡る。

あれほど圧倒的なカリスマ性と存在感をもって、ファンキーかつソウルフルなライブができるアーティストが、現在彼の他にどれくらいいるだろうか。ファンクの王様、ジェームス・ブラウンを生で観たらこんな感じだったのだろうかと思わずにいられなかった。

観客は濃厚なファンクにどっぷりと浸かり、会場のテンションが最高潮に達したころ、ひとまずライブの幕は閉じたのだが、大興奮したファンがこのまま帰る筈もなく、アンコールを求めて猛烈なコールや息の揃った拍手が続く。10分ほど粘らせたところで、ようやくステージに戻ったデジアンジェロとヴァンガードは「Til It’s Done (Tutu)」からアンコールを始め、クリスデイブの長いドラムソロが終わった頃にはすっかり夜になっていた。


紫色と青色の照明が混じり合ったステージからは既にメローなムードが漂っている。そう、締めは「Untitled (How Does It Feel?)」だ。

余談だが、あのこの上なくセクシーな、同曲のかの有名なミュージックビデオのテーマは多くの人が想像しているものとは正反対で、ディアンジェロがテーマとしていたものは彼の祖母の作る手料理だそうだ。2012年のエッセンスマガジンでのインタビューで、ビデオディレクターのポール・ハンター/Paul Hunterはこう語っている、「おばあちゃんの作るカラードグリーンの事を考えてみて。それが台所でどんなに美味しい匂いをしているかい?スイートヤムやフライドチキンがどんな味をしているかい?そうゆうことを表現したかったんだ。」。

イントロが流れるなり歓喜の叫び声を上げるファンたちを焦らして楽しんでいるかのように、歌い出しそうに見せかけては歌わないという演出で遊び心覗かせる。

やっとのことで歌い出した瞬間、とろけそうになったファンは私だけではないはずである。 夢を観ているのではないかと思うほど、この曲を2015年にライブで聴いているということが信じられなかった。

最後、バンドメンバーが一人、二人と持ち場を離れステージから去る中、一人ステージに残ったディアンジェロは、キーボードを奏でながら丁寧に”How does it feel ~”と歌い続ける。

終盤は、彼「みんなも僕と一緒に歌ってくれ。」との呼びかけのあと、オーディエンスの大合唱が加わる。 ”feels so good, New York.” といい歌い終えたディアンジェロは、世代も人種も様々なニューヨークのオーディエンスからの歓喜に満ちた熱い声と、割れんばかりの拍手に包まれていた。 

ディアンジェロはソウルミュージックに於いてすでに別格な存在であったが、更なる進化を遂げて戻ってきた。単なるカムバックとは、訳が違う。『Brown Sugar』や『Voodoo』と同じ音を期待していたファンは、ロックの要素が加わった『Black Massah』を聴いて少々戸惑うかもしれない。しかし天才画家ピカソが常に作品を新たなスタイルへと発展していったように、やはり天才というものはどの分野であれ、常に進化し続けるものなのだろう。

『Voodoo/ヴードゥー以来実に14年ぶりとなる『Black Messah/ブラック・メサイア』は、“D’Angelo and The Vanguard/ディアンジェロ・アンド・ザ・ヴァンガード”のプロジェクト名で2014年の8月21日にリリースされ、ディアンジェロのアルバムを長年待っていたファンは勿論、ジャンルを問わず多くの音楽ファンを大きく驚かせた。

人種差別等、アメリカの抱える社会問題に立ち上がる人々の運動が盛んになっていた最中、絶妙なタイミングでリリースされたこの作品は、ディアンジェロの訴える社会的メッセージが色濃く感じられ、14年ぶりのリリースという衝撃も相まって、彼の今までのアルバムと同様、圧倒的な存在感のある作品であり、その存在意義は、音楽の枠を超えているとさえ言えるだろう。

米国での警察による明から様な人種差別をはじめとした、不条理な社会に向かって世界中で立ち上がっている人々へのメッセージは、パフォーマンスからもありありと伝わってきた。 また、そのように人々を動機づけ、鼓舞する強いメッセージ性は、ディアンジェロが敬愛して止まないMarvin Gaye/マービン・ゲイの”What’s going on/ワッツ・ゴーイン・オン” などにも共通しているように、本来の音楽の持つ大きな力の一つなのだろう。

これは全く個人的な意見だが、ディアンジェロの音楽を聴いていると、身体中が水の中に入っているような感覚になる。美しい海に一人潜り、心地よい水の感触を感じながら、周囲では何が起きているのか耳を澄まして探ろうとするしまうような、そんな感覚だ。そして耳を澄ますと、色々なものが聴こえてくる。マービン・ゲイ、プリンス、マイルス・デイビス、ドニー・ハサウェイ、スライ・ストーン、アイズリー・ブラザーズ、カーティス・メイフィールドに、ジェームス・ブラウン、はたまたヒップホップまで。海に潜っているのに、土の匂いもする。聴けば聴くほど、魂が地に繋がっていく感じがする。そして終いには、心地よすぎて海から上がってこれなくなる。 もっとも、ディアンジェロの海にずっと浸かっていられるのなら、それは本望であるが。

2016年も既に多くのコンサートを予定しているディアンジェロ。来年は彼からどんな音楽が聴けるのか、楽しみでならない。